近藤
いや、熱はいまでも続いてると思うんですけど、
そのとき、日本の企業がつくっているものが
世界の人たちを熱狂させている様子を目の当たりにして、
けっこう感動したんです。
で、その頃から、あこがれと言うか
目標のように感じるようになりまして、
世界中の人たちに熱中してもらえるようなことを
いつか自分たちもやりたいなあと思ったんですね。
そこで、任天堂さんのような世界展開を
日本からでも発信できるんじゃないかと考えて、
2008年の春に、京都に戻ってきたんです。

岩田
わたしは今後、任天堂のゲーム機と
インターネットの関わりはますます深まると思っています。
人が人にメールするのは当たり前になってるように、
何かおもしろいことを思いついたら
かんたんにつくって、それを発表し、
その作品を他のお客さんたちに共有してもらい、
みんなで拍手喝采できるような場があって。

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心の底から近藤さんがうらやましい。
ただ、アメリカに行って、自分が子供時代に感じたことと同じようなことを感じ、日本に戻ってきているところが好きかもしれない。会ったことないけど。

話してみたいな。大人気なんだろうなー。

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